自虐史観教育

GHQは日本占領後、日本人に自虐史観を植えつける為に「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(自虐史観洗脳計画)」を発動。欧米の植民地政策からのアジア開放を意味する大東亜戦争という用語自体の使用を禁止して太平洋戦争と呼ばせ、日本は軍国主義の侵略国家で残虐行為を繰り返したという嘘の歴史をでっち上げた。
日本人が統制されている事を気付かないように、検閲で削除された部分が伏字や空白にならないよう他の原稿で埋めるなどの巧妙な言論統制。ラジオ・新聞などによる徹底的な自虐史観の大キャンペーン、イベントなどの作戦を延々と実施。これに対抗する言論はすべて検閲で封殺し、真の歴史を伝える書物も焚書した。

そして公職追放政策で、政治・教育機関・マスメディア・言論各界の日本の中枢を支える保守層の人々を社会から追放し、左翼インテリや朝鮮人と入れ替えた。
また、(在日ヤクザで当時の裏社会のドン)東声会会長町井久之の伝記では、在日ヤクザに裏社会の利権を与え庇護したのはGHQであった事が語られている。

渡部昇一、上智大学名誉教授
「東条英機 歴史の証言」2006年(平成18年)発行より
GHQにより20万人ともいわれる人達が公職追放となった、その中で、戦前の左翼思想家や在日コリア人などなどの、数え切れない敗戦利得者が出た。特に左翼インテリは敗戦によりまばゆいばかりの復活をとげ、日本の主要な大学の主要なポストを占め、その弟子たちは、あるいは日本中の大学に教授として散らばり、あるいは大新聞の記者となった。正に癌細胞の転移にも似た様相を呈したのである。戦後のいわゆる岩波・朝日文化は、敗戦利得者の左翼インテリ文化と言える。
こうした敗戦利得者とその弟子たちが、戦前の「日本の良さ」とか「日本の立場や言い分」を肯定することはない。戦後、東京裁判に影響されずに、本当の事を語っている小堀桂一郎東大名誉教授(独文科)、西尾幹二電気大教授(独文科)、中村粲独協大教授(英文科)、などの人達の先生は皆、法律学、歴史学、経済学とは関係のない人達です。私も英文科ですから何を言おうと私を教えた英文科の先生達が傷つくことはありません。
ところが、法律学、歴史学、経済学、の研究者は、自分の先生を傷つけることになりますから、本当のことを言えないのです。

【せと弘幸Blog『日本よ何処へ』終戦秘話を考察する】
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/51640484.html

中でも深刻なのは、GHQが朝鮮人に始めさせたパチンコ産業である、駅前の一等地は朝鮮進駐軍(次の4/5で後述)によって略奪された。店内では大音量で軍歌を流し、とことん帝国軍人を貶めた。
明らかに違法賭博場なのだから景品買取業者は別業者という詭弁を許さずに取り締まるべきなのだ、勿論同じ手法でカジノ等の賭博を開けば即座に摘発される。しかし、警察によればパチンコは賭博ではなくて娯楽なのだそうである、半世紀以上も賄賂漬けになって来た警察には手が出せないのだ(韓国ではパチンコは違法である)。
パチンコ屋から警察署長クラスへの餞別は二千万円以上、警察OBの天下り先がパチンコ関連業界では摘発など出来る訳がない。勿論、政界にも巨額のパチンコ・マネーが流れている。

【パチンコ 警察 天下り 30兆円! 巨額の脱税! 1-2 】

http://www.youtube.com/watch?v=rwEZubJCTJs

パチンコ屋1軒の一月の売り上げは平均1億円、全国で年間何十兆円、一国の国家予算のレベルだ。
警察が言う遊興施設等という言葉に騙されてはいけない。脳内物質ドーパミンの分泌によって起こるギャンブル中毒の症状は医学的には麻薬中毒のそれと全く同じ、禁断症状も出るパチンコ依存症という立派な病気なのだ。本人の意志が弱いとかそういったレベルの問題ではなく専門医による治療が必要である(更には、パチンコ依存症患者の半数以上がが精神障害を併発していると言われる)。
事態はアヘン戦争を想起させる程の深刻さではないだろうか。

この「自虐史観洗脳計画」により、原爆投下、そして敗戦により茫然自失だった日本人は、数年間の内にものの見事に洗脳されてしまった。
勿論、良識ある大人達はこの事態に愕然としたが抵抗する事は職を失い路頭に迷う事を意味した。占領が終わればまた日本を元の姿に戻して行こうと励まし合った訳だが、奴らの策謀はこの様に徹底的に仕組まれ、時代は左翼思想に染まった全共闘世代へと流れて行く。
そして世代は代わり続け、遂には真の歴史を知る生き証人達はほとんどいなくなり洗脳教育が3世代に渡った今、日本は亡国の危機に直面している。

実は洗脳どころか、戦争が終ったら日本民族を絶滅させる為に他民族との強制混血を実施することさえ前大統領のルーズベルトは検討していたのである(注:2年後の今、この計画は実行されていた事に気が付いた)。
教育も、日本人としての誇りを持たせない事が主眼とされ、「歴史」と云う教科も禁止され、日本史は省略して「社会」の教科の中に含める様に強要された。
皇紀2600年(紀元前660年)神武天皇から教えていた日本史も、聖徳太子の時代1300年前からの教育に変更させられた。占領終了後も、左翼思想に染まった教育者達によってこの姿勢は後生大事に護られたままなのである。最も重要な教育の1つである自国の「歴史」の教科がない国など他に存在するだろうか、ましてや世界に誇る歴史を持つ我が国でそれが存在しない事の異常さに気付いて欲しい。
世界最長2669年に渡り(2011年現在は、皇紀2671年になる)、万世一系の歴史をもつ日本の皇室は、まして格下の王室など足元にも及ばぬ存在であり。東京裁判で「陰の政府」は、昭和天皇の処刑も目論んだのだがどうしても実行には移せなかった。

この反日洗脳教育は現在も受け継がれ、日教組の強い地域では中学生を修学旅行で、韓国、中国の(反日)記念館に連れて行き、生徒達は「日本軍」による現地住民拷問の蝋人形の展示を見て、「日本軍」の非道を泣いて詫びると言う。
最近の歴史再認識の動きに対して、半世紀以上に渡り反日教育を続けて来た日教組は危機感を持ち、死に物狂いで対抗して来る訳である。
しかし、最近中国北京の抗日記念館は史実に反するこの「日本軍」の蝋人形を撤去した、江沢民の害毒が薄れてきている証拠だろう。
韓国も500年間にも渡って民衆を拷問し続けて来たのは李王朝であって、日本の併合に依ってそれに終止符が打たれたのである。

私は、最近日本人の若者(22歳)と話していて、戦争の認識にちょっと触れた途端に「えっ?あなたは、親日なんですねっ!!」と激昂されて面食らった事がある。
「ドイツはちゃんと反省をして、何度も謝罪をしているのに、日本はなんですか!」と、捲くし立てる。感情的になって、一切こちらの言い分を聞こうとはしない。「親日の何がいけないの、当たり前じゃないの日本人なんだから。」と言うのが精一杯だった。
彼は生粋の日本人である、私は、一体何が起きたのか理解出来ずに、只、呆然とするばかりであった。
彼の帰国前にはやっと、日本の歴史を肯定する意見の本も読むようにと薦めたのだが「はあ。」という、少し気のない返事だった。

4月5日に放送された新番組、NHKスペシャル・シリーズ、「JAPANデビュー」の第1回「アジアの"一等国"」で、台湾人が日本を憎んでいるかのごとき番組が放映され、苦情が殺到し、意図的にインタビューを編集された台湾人本人からも抗議があったという。台湾が親日国家であることは周知の事実である。
(これはその後、原告10000人を超える日本裁判史上最大の集団訴訟へと発展し現在に至る、「NHK受信料の未契約者」も含まれており、誰でも参加できる形式になっている)

またNHKは、捏造の歴史で日本を貶め、支那・朝鮮を称える似非歴史ドキュメンタリーの垂れ流しを続けており、確信犯で日本破壊・洗脳の機動部隊の役割を果たしている国賊放送局である。即刻解約する事をお勧めする。

【50円でNHKを解約する方法 追加バージョン】

http://www.youtube.com/watch?v=eXHtr8nKn2k

水島 総、日本文化チャンネル桜代表
4月5日に放送された「NHKスペシャル シリーズ『JAPANデビュー』 第1回『アジアの"一等国"』」は、プロパガンダ謀略工作の全ての要素を含んだ極めて悪質な「ドキュメンタリー」番組である。
何より悲しいのは、一党独裁の血ぬられたファシスト政権のお先棒を担ぎ、台湾併合の地ならし役を演じている売国日本人の滑稽と悲惨である。恐らく彼らは、自らを「平和」とアジアの友好を生みだす担い手とでも能天気に考えているのだろう。
だから、週刊誌やインターネット上でも騒がれ、その「超偏向番組」ぶりが評判になっているが、NHKは全くそれを認めず開き直っている。しかし、あの番組は、紛れもなく「村山談話」に代表される反日反米親中の旧社会党「平和」路線に貫かれた番組作りと、中国共産党の日本支局が製作したのかと目を疑うばかりの中共台湾併合戦略のお先棒を担ぐ内容となっているのである。
それだけではない。毎回放送される番組のタイトルバックには、反皇室、反日の謀略意識操作の編集方法が秘かに行われていたのだ。彼らの致命的な失敗は、テレビでは禁じられた「サブリミナル効果」の犯罪的手法を採用していた事である。
チャンネル桜の番組、「桜プロジェクト」や討論番組でも、私は指摘したが、この番組のタイトルバックの編集は、許し難いことに先帝陛下(昭和天皇)に狙いを定めて、国民の反皇室意識と反日、自虐意識を醸成せんとする手法を採っていた。NHKがどんなに誤魔化しても、作られた謀略映像がそれを証明している。NHKは、それを放送と言う形で日本国民に公開してしまった。動かぬ証拠が遺されたのである。私も陣頭指揮を取り、チャンネル桜は、台湾取材も含め、徹底的に、この問題は追及していく。
先日、映画「南京の真実」第二部の取材で、南京攻略戦に参加した稲垣さんという元陸軍少尉で獣医だった方を訪問した。今年で稲垣さんは数えで百歳になる。明治の終わりごろの生まれだが、「南京大虐殺」の嘘に対する怒りと日本の子孫の為に、何としてでも嘘を正したいと願う姿勢には、心底感心させられる。稲垣さんはいつも、「私は南京に四十六日間いましたが、南京大虐殺なんてこれっぽっちも無かった。あったのは戦争だけだ」と繰り返し話される。

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来年2010年は、日韓併合100周年に因んで朝日新聞やNHKなどの反日メディアが、捏造報道のオンパレードとなることだろう。悪あがきをする程、馬脚を現すという側面もあるが、メディアの力は侮れない。
我々は冷静に、論理的に、これに対処をしていかなければならないが、60年以上もかかって縺れきった糸をほぐすのは、気長な作業となることを覚悟しなければならないようだ。

ヘレン・ミアーズ、アメリカ人、東洋学者、ミシガン大学、ノースウエスタン大学講師、GHQの労働諮問委員
この洗脳計画に抗議したヘレン・ミアーズは、日本が侵略国家だというのであればアメリカこそが侵略国家であると1948年(昭和23年)「Mirror for Americans」を出版し洗脳計画を批判。しかし、ダグラス・マッカーサー司令官はこの本を危険書籍に指定、日本語への翻訳、出版を禁止した。

「Mirror for Americans」より
パールハーバーはアメリカ合衆国の征服をたくらんで仕掛けられた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ。
原因は、1941年(昭和16年)7月25日にアメリカ、イギリス、オランダが打ちだした「凍結」令(注:日本では中国のCを含め、ABCD包囲網と呼ぶ)である。三国は 自国領内にある日本の全資産を凍結し、貿易、金融関係をすべて断絶した。日本は輸入必需品の80パーセントを「凍結」地域に頼っていたから、三国の行動は 日中戦争の泥沼化だけでなく、国内経済の窒息を意味するものだった。
ポツダム宣言後、私たちは和平支持派に反対勢力を説得する時間的余裕を与えなかった。私たちはたった11日間待っただけで、いきなり一発の原子爆弾を、そして2日後(注:実際には3日後)にはさらにもう一発を戦艦の上でもない、軍隊の上でもない、軍事施設の上でもない、二つの都市の約20万の市民の上に投下した。しかも犠牲者の半数以上が女子供だった。
私たちは、日本国民を生来の軍国主義者として非難し、その前提の上に戦後計画を立てている。しかし、日本国民を生来野蛮で好戦的であるとする証拠は一片もない。なによりも日本国の歴史と日本文明の歴史がそれをはっきり否定しているのだ。
もし、日本民族を生まれつき軍国主義者と決めつけるなら、スペイン、ポルトガル、イギリス、オランダ、フランス、ロシア、そして私たち自身のことはどう性格づけをしたらいいのだろう。
日本の歴史を日本の立場から説明すれば、日本人は世界を征服する野望にとらわれていたのではない。世界のどこの国にも征服されたくないという気持に動かされてきたのだ。

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実は、GHQの日本占領には他にも、日本の航空機産業を始めとする重工業のすべてを壊滅し、日本を農業国に改造するという重要な目的があった。優秀すぎる日本の工業技術を放置しておくと将来欧米の産業にとって脅威となるからである。
進駐軍は上陸と同時に国内に残ったすべての日本製の航空機と重工業設備を破壊した。しかし、朝鮮戦争の勃発により一部計画を変更、航空機以外の重工業は解禁した。これが、朝鮮戦争特需を起こすこととなるが、航空機産業は最後まで復興させてもらえず、6年8ヶ月の占領期間中、大学の航空力学の授業はおろか、子供が模型飛行機で遊ぶ事すら禁止する徹底ぶりだった。
1957年(昭和32年)航空機製造技術の消滅を憂う通産省の主導でYS-11製造計画が開始した。指導した5人の技術者は既に高齢で、ぎりぎりのところで技術の継承が出来たのであるが、その後のオイル・ショックや、アメリカにおけるYS-11の販売の商取引トラブルの続出(私はアメリカの会計検査院による妨害であったと見る)で遂にその後の後継を生み出す事は出来なかった。
彼らが懼れていた通り、日本の工業製品は世界一になった。航空機産業の壊滅という目的については、今のところは達成された。しかし航空機産業はこれからは小型機が主流になると見込まれていて、最近カナダ、ブラジル、ロシア、中国も参入し始めた。日本も、三菱、ホンダ、トヨタが参入をする。
2010年納入予定のホンダJETは、機体形状も翼形も前例のない新開発で、同クラス中最も速く、軽く、しかし最も静かで、燃費は4割以上向上、室内も3割広い。日本が航空機産業でも世界一になるのは、もはや時間の問題である。

【日本に対する世界の評価 (賞讃)  アジア諸国は親日だった】

http://www.youtube.com/watch?v=yxP3JKupCAY


アジアの証言

モハメッド・ナチール 、インドネシア、元首相
アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。大東亜戦争というものは本来なら私達インドネシア人が、独立のために戦うべき戦争だったと思います。もしあの時、私たちに軍事力があったなら、私たちが植民地主義者と戦ったでしょう。大東亜戦争とはそういう戦いだったんです。

アラムシャ 、インドネシア、元第3副首相
我々インドネシア人はオランダの鉄鎖を断ち切って独立すべく、350年間に亘り幾度か屍山血河の闘争を試みたがオランダの狡知なスパイ網と、強靱な武力と、苛酷な法律によって圧倒され壊滅されてしまった。それを日本軍が到来するや、たちまちにしてオランダの鉄鎖を断ち切ってくれた。インドネシア人が歓喜雀躍し感謝感激したのは当然である。

ブン・トモ 、インドネシア、元情報相
我々アジア・アフリカの有色民族は、ヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが全部失敗した。インドネシアの場合は、350年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信を持ち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばならなかった。そして実は我々の力でやりたかった。

サイデマン・スリヨハデイブロジョ 、インドネシア、陸軍大学長、駐日大使、外務省上級大使などを歴任。
私の国インドネシアをとりますと、多くの日本の青年たちがインドネシアを自由にするために独立の闘士たちと肩を並べて戦ってくれました。そして多くの日本の若者たちがそのために命を犠牲にしてくれました。そこで、今日の式典におきまして私たちの独立のために命を捧げてくれたこれらの若者たちを偲びたいと思います。

ククリット・プラモード 、タイ、元首相
12月8日「タイ紙、サイアム・ラット」より
日本のお陰でアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民がアメリカやイギリスと対等に話ができるのは一体誰のお陰であるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあった為である。
12月8日は我々に、この重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意された日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが 病の床に伏した日である。我々この2つの日を忘れてはならない。

タナット・コーマン 、タイ、内閣副首相、外相などを歴任、アセアン設立に中心的役割を果たした。1995年(平成7年)5月29日、日本武道館で開かれた「アジア共生の祭典」での言葉。
50年間を振り返ると先の戦争が残酷なものであったにも拘わらず、善なるものも生みました。あの戦争によって世界のいたるところで植民地支配が打破されました。そしてこれは日本が勇戦してくれたお陰です。新しい多くの独立国が火の中から不死鳥のように姿を現しましたが、誰に感謝を捧げるべきかはあまりにも明白です。

バー・モウ 、ビルマ、元首相
「独立宣言書」より
約50年前ビルマは三回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。
ビルマ人はアジアを統合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが、ついにこれを大日本帝国に発見せり。
ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり。

ラグ・クリシュナン 、インド、元大統領
1969年(昭和44年)「日本経済新聞」より
インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本人が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。

パラディ・デサイ博士 、インド法曹界の長老
「捏造された日本史」(黄文雄著)より
インドに独立の機会を与えてくれたのは日本である。インドの独立は日本のおかげで30年もはやまった。インドだけではない、ビルマもインドネシアもベトナムも東亜民族はみな同じである。

ダニエル・H・ディゾン 、フィリピン人、画家、「神風特別攻撃隊」猪口力平、中島正著を読み、その生き様に感動し、1974年(昭和49年)神風特攻隊慰霊碑の建立をマバラカット市長に進言した。
小学館「SAPIO」、2000年(平成12年)12月20日号、
2000年10月25日、フィリピンで挙行された、神風特別攻撃隊をはじめ戦没者の慰霊祭を取材した井上和彦の記事より
今から35年前に神風特攻隊の本を読みました。涙がとまらなかった、こんな勇気や忠誠心をそれまで聞いたことがなかったからです。同じアジア人として、このような英雄がマバラカットと私の町アンヘレスで誕生したことを誇りに思っています。
当時、白人は有色人種を見下していました。これに対して日本は、世界のあらゆる人種が平等であるべきだとして戦争に突入していったのです。神風特別攻撃隊は、そうした白人の横暴に対する力による最後の抵抗だったといえましょう。
神風特攻隊をはじめ、先の大戦で亡くなった多くの日本軍人をどうか敬っていただきたい。これは私から日本の若者たちへのメッセージです...。

マリオ・ピネダ 、フィリピン人、地元通訳
同じく、小学館「SAPIO」の同記事より
かつて日本の統治を受けた台湾や韓国を見てください、立派に経済的な繁栄を遂げているでしょう、これは日本が統治下で施した教育の成果です。ですが、アメリカの統治を受けたフィリピンでは、自分たちでモノを作ることを学ばせてもらえなかった。人々は、鉛筆すら作ることが出来なかったのですよ、アメリカが自分達の作ったものを一方的にフィリピンに売りつけてきたからでした。

ラジャー・ダト・ノンチック 、マレーシア、元上院議員
「日本人よありがとう マレーシアはこうして独立した ノンチックの半生記」より
かつて 日本人は 清らかで美しかった
かつて 日本人は 親切でこころ豊かだった
アジアのどの国の誰にでも
自分のことのように 一生懸命つくしてくれた

戦後の日本人は 自分たち日本人のことを
悪者だと思い込まされた
だからアジアの国に行ったら ひたすら ペコペコあやまって

そのくせ 自分本位の えらそうな態度をする
これが本当の日本人なのだろうか

自分がお世話になって住んでいる
自分の会社が仕事をしている
その国と 国民のことを さげすんだ眼でみたり バカにする
どうして どうして日本人は こんなになってしまったんだ

一瞬、身の毛がよだつような興奮と緊張で立ちすくんでいたが、急いで父の部屋へと飛んでいった。『とうとう日本軍が来たね』 少年は喜びと興奮を隠しきれず父に囁いた。そうしている間にも胸がジーンとしてきて、体の震えが伝わってくる。(開戦時の心境を綴ったもの)

私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました。
私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げて行くイギリス軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍はマレーシアを日本の植民地としないで、それぞれの国の将来の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育を行ってくれたのです。

上院議員になった後、彼はマレーシアを訪れた日本の学校教師から「日本軍はマレー人を虐殺したに違いない。その事実を調べに来たのだ」と聞いて驚き、「日本軍はマレー人を一人も殺していません。日本軍が殺したのは、戦闘で闘った英軍やそれに協力した中国系共産ゲリラだけです。そして、日本の将兵も血を流しました。」と答えた。
マレー半島の日本軍が上陸をした地域では現在でも、12月8日は「日本軍上陸を祝う日」だそうだ。

ガザリー・シャフィー 、マレーシア、元外相。アセアンを結成した功績により国連ハマーシェルド賞を受賞、アジアを代表する外交官。
「世界から見た大東亜戦争」名越二荒之助 編より

日本の政治家はどうしてお詫びばかりするのか。今もT氏(自民党参議院長老)は、私に会うと一番に「過ぐる大戦において、我が国は貴国に対してご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」と言うのだ。私は思わず言ってしまった。「どうしてそんな挨拶をするのか。我々はペコペコする日本人は嫌いだ。なぜサムライらしく毅然としないのか。日本はどんな悪いことをしたと言うのか。大東亜戦争で、マレー半島を南下した時の日本軍は凄かった。わずか三ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやって来たと思っていた。
日本は敗れたが、英軍は再び取り返すことができず、マレーシアは独立したのだ。その偉業を忘れて、政治家たるものが、ステレオ・タイプのように同じ言葉でお詫びをする。人種がすっかり変わってしまったのかと思ったよ」と。
特に私が惜しいと思うのは、日本ぐらいアジアのために尽くした国はないのに、それを日本の政治家が否定することだ。イギリスのサッチャー首相(注:過去の植民地支配の為に自虐的だった英国の教育を改革した)でなくても、責任感をもった政治家だったら、国家の名誉にかけて、必ず反論する。もし私が日本の政治家だったら次のように言うだろう。

「その頃、アジア諸国はほとんど欧米の植民地になっていて、独立国はないに等しかった。日本軍は、その欧米の勢力を追い払ったのだ。それに対して、ゲリラやテロで歯向かってきたら、治安を守るために弾圧するのは当然ではないか。
諸君らは、何十年何百年にもわたって、彼らからどんなひどい仕打ちを受けたか を忘れたのか。日本軍が進撃した時にはあんなに歓呼して迎えながら、敗けたら自分のことは棚にあげて、責任をすべて日本にかぶせてしまう。そのアジアの事大主義が、欧米の植民地から脱却できなかった原因ではないのか」と。

日本の政治家はなぜ論争しないのか。1974年(昭和49年)の1月、田中角栄首相がインドネシアを訪問したことがある。その時、4万の学生デモにとり囲まれて立往生し、ヘリコプターで虎口を脱し、何もせずに逃げ帰ってしまった。
首相はどうして学生を相手に公開討論を申し込まなかったのか。学生との討論の中で日本の立場を堂々と打ち出したら、一度に人気が上がり、日本が見直されていたのに。惜しいチャンスを失ってしまった。

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しかしながら彼らがこう言ってはくれても、これらアジア諸国の過去の教科書を見ると、日本の実績は悪意を持ったこじ付けでマイナスに評価されている。この洗脳計画は親日派撲滅の為に全アジアで実施されたからである。
これに跳びついたのが韓国と中国である。自国の悪政から国民の目を逸らす為、因縁をつけて賠償金、援助金を取る為、利害が一致したのである。
その後の朝鮮、中国の悲惨な政治、経済の実情を、日本の統治時代と比べられては現政権が成り立たないので、逆に諸悪の根源をすべて日本ということにして不満の矛先が自分達に向かないようにしたのである。
強烈な反日洗脳教育により日本人を極悪非道の悪魔と信じる韓国人、中国人は日本に来て平気で凶悪犯罪を犯すのである。
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